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雨に濡れたアスファルト

ミーハーKSDDですいません。

”それでも”をくり返して

 

それでも好きなものは、好きなのだ。

 

文章を書く人としての指原莉乃

なにがきっかけだったかすら覚えていない。2011年の5月くらいだったと思う。

本当に偶然行きついたそのブログの言葉選び、リズム感にすぐに私は虜になった。

 

そのブログ主は、指原莉乃といった。

当時AKBに興味のない私はアイドルとして彼女を知る前に”面白い文章を書く人”として指原莉乃が好きになった。

 

はじめて読んだ日から3日間かけ、休み時間や寝る時間を削ってまで「指原クオリティー」を最初の記事までさかのぼって全部読み切った。

とにかく夢中だった。読む手が止まらなかった。

読み切ると、もう次の更新が待ちきれない。

 

文章には人柄が出る、と思っている。

日常のことをおもしろがる視点をもって切り取ったブログ。

一番最初は道ばたにネギが落ちていたという話だった。

 

”オタは推しに似る”と言われるように、それをおもしろがるファンも楽しそう。

自著『逆転力』でも触れているように、コメント欄も含め「指原クオリティー」は成立していた。

 

どうしようもなく彼女のユーモアとテンポの良い文章が好き。コメント欄からも溢れるブログの雰囲気が好き。

書き手→読み手という一方的な関係のものではなく、言葉が新しい言葉を生む。

ユーモアから、ユーモアが広がる。

 

文章の新しい楽しみ方を知った。それくらい衝撃的な文章体験だった。

 

私自身、どうせなら面白いことを見つけながら生きていきたいタイプの人だ。

だから、もう、指原莉乃を好きにならないわけがなかった。

 

 

さしこのくせに

好きになるともっともっと知りたくなってしまう。

ちょうどそのころやっていたのが「さしこのくせに」

実はAKB史上、メンバー個人では初の冠番組。

 

正直言って大目に見ても、企画の当たりはずれが大きく、指原本人が面白いわけでももかわいいわけでもなかった。

でもなぜか、目が離せない。構いたくなる。

「おいおいがんばれよ…!」って笑って言いたくなる。

 

「がんばれ!!」じゃない、

「おいおいがんばれよ…!」感。

 

できなさに呆れながらも、手をかけてかわいがりたくなる指原のこの才能を秋元康はさしこ力と言ったが、まさにその力に魅了されてしまっていた。

 

でもその魅力の根源をたどれば、指原のおもしろがる精神があったからこそ。彼女はおもしろがるから、おもしろがられている。

 

 

それでもこの世はおもしろい

それから、いろいろあった。(その話はまたいつか)

順調に総選挙順位をあげたり、奪われたり奪い返したり。

彼女を取り巻く環境も彼女が使える武器も当時とは大きく変わったから、ブログファンとしては悲しいことにブログ更新はほとんどなくなってしまった。

 

それでも彼女はテレビのなかや、ツイートでおもしろがる姿勢をみせてくれる。

したたかにしなやかに、世の中をうまく渡っていく。

 

指原の名言に、「推しは増やすもの」というものがある。

推しに似て、その言葉通り私は好きな子がたくさん増え、いわゆるKSDDになった。

 

これからはこのブログで色んな子や番組や歌について書いていくと思う。

KSDDとして逃げも隠れもせず。

 

それでも、一番好きなのは、指原莉乃だ。

 

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